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なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

痴漢電車 ジュニア危機一髪

日記

■ 第一章 ■

真理の伝道師なのか、はたまた稀代の詐欺師なのか、その実体は定かではないが、日本で五本の指に入るであろう天才ブロガーのある記事を読んで、戦慄とともに遠い日の記憶が蘇ってきた。忘却という深淵に封印されていた忌まわしいあの事件・・・時に私を襲う原因不明の心臓の圧迫感は、そうした抑圧という心的行為の仕業だったのか。

であるならば、その抑圧をゆるめ、いまいちどあの事件を意識の表層に呼び戻すことで、すなわちこのブログに書いて公表することで、無意識の暗闇に巣食っている悪夢から、われとわが身を解放することができるかもしれない。

ある秋の日の雨の夜だった。

深く目を閉じて思い起こせば、恐らくは営業の仕事のせいではなく、新橋のガード下の飲み屋で一杯やりながら、上司の悪口に花を咲かせすぎて疲れたサラリーマンや、恐らくはお茶汲みの仕事のせいではなく、今日こそは不倫の恋を清算しようと思いながら、またしても関係を持ってしまった悔恨で疲れたOLや、恐らくは学校の授業のせいではなく、そのあと繁華街に繰り出してトイレで私服に着替え、夜ごとディスコでフィーバーしすぎて疲れた女子高生など、そんな悲喜こもごもにさまざまな人生模様を乗せて、そのオレンジ色の電車は走っていたはずだ。

私もその中にいた。

人さまの幸福を記録するという、我が身に照らせばやや皮肉な感がしないでもない仕事を今日も無事に終えた心地よい疲労感に浸りながら、恐らくはぼんやりと、有名芸能人カップルの破局を伝える中吊り広告でも眺めていたのであろうそんな時、ふと、ある小さな、奇妙な感覚が私を襲った。ナニカニサワラレテイル・・・私の中枢神経に届いたその電気信号の発端を探るというはっきりした意識もないままに、おもむろに視線を下に向ける。果たしてそこには、傘の柄を持った手の甲があった。しかし、微妙な違和感があった。その指にまで毛のはえた手の甲は、私のズボンの股間に触れていた。視線を上に向ける。そこには、紺色のくたびれたジャンパーを着た、年の頃は30代後半だろうか、私より背の低い職工ふうの男。

乗車率200パーセント以上だっただろう。手が当たってもおかしくはない。私は男だ。相手も男だ。まさか、そんなわけがあるはずない。くちゃくちゃとチューインガムを噛んで、車窓の外に目をやっている男の横顔には何の表情も浮かんでいない。たまたまだろう。なにしろ満員電車なのだ。私は早く車内がすくことだけを願って、いつものように東京郊外へと走る特別快速電車に揺られていた。

■ 第二章 ■

というわけで、ガタンゴトン、ガタンゴトン♪ 男の毛の生えた手の甲は、私の急所に触れていた。

しかし、これは満員電車内での出来事である。宇宙空間物理学的に、決して不自然な現象ではない。何となれば、そこに顔が触れているわけではないのである。だから、それだけでも諒とするに足ると云っても良いのかもしれないと、自分を納得させようとしたものの、やはり、どうしても腑に落ちない。大辞林によれば、急所とは、

1、からだの中で生命にかかわる大事な所
2、物事の最も大事な所

なのだ。だから、たとえ不可抗力によるものだとしても、こちらの許可を得ることもなく、他人の手が自分の股間に当たっている状況は、あまり愉快なものではない。

だからと云って、「あなた、私から離れてください」と要求することはできない。何となれば、ここは満員電車なのだ。宇宙空間物理学的に、自由に移動しうる空間が存在しない。そんなことを云えば、さながらマクドナルドで、ざるそばの大盛りを注文するかのような理不尽な要求になってしまう。現代の暗い世相において、絶えることなく救いの光を投げかけている、一服の清涼剤のようなマクドナルドのおねーちゃんの百万ドルの笑顔が一瞬にして凍りついてしまう。ちなみに、マックフライポテトを「300円のイモをくれ」と注文して百万ドルの笑顔を一瞬にして凍りつかせた男を個人的に知ってはいるのだが、この際それは何の役にも立たない。

とはいえ、依然として、行動心理学的な問題は残る。他人のからだの微妙な部位にこちらが触れてしまう場合、あらぬ誤解を避けるために、たとえそれが中国雑技団並みの技量を要求されるものであっても、アクロバチックなまでに身をよじったりして、それを避けようとするのが尋常な神経なのではあるまいか。だが、男にそんな気配は微塵も感じられない。

しかし、相手は男である。私も男である。彼にとって、男の急所などそれほど珍しいものではないだろう。だから、向こうは何とも思っていないのかもしれない。むしろ、こちらの思い過ごしなのかもしれない。何となれば、私には自意識過剰な気味がある。マクドナルドのおねーちゃんのマニュアル・スマイルを向けられただけで、アレ?この娘、俺に気があるのかな、参ったなぁ~、と悦に入ってしまうほど、自意識過剰である。

デカルトも云っている。我思うゆえに我あり。そうなのだ、問題は私にあったのだ。こと、話が性愛の領域に及ぶや、とたんに自意識過剰になってしまう。要するに、取り越し苦労なのだ。な~んだ、簡単なことじゃないか、びっくりしたなぁ、もう、ガタンゴトン、ガタンゴトン♪

だがしかし、果てしのない堂々めぐりの思考の末、ようやく結論に達しようとした、まさにその瞬間、私の中枢神経にこれまでとは微妙に異なる電気信号が届いた。それは、男の手の動きが、ガタンゴトン、ガタンゴトン♪の電車の揺れと同じリズムを刻んでいないことを告げていたのだ。

心臓の鼓動が一気に速くなる。

続いて、恐らくは親指と人差し指あたりが、はっきりとした意思を持って動いていることを告げるかのような電気信号!

オトコハ、チカンデアル。

触覚を担当するニューロン群の興奮を、私の大脳新皮質のある部位はそう解釈した。

驚愕、紅潮、動悸・・・

下を向いて、この目で真相を確かめなければならない。だが、どうしてもできない。それが事実であるなら、声を上げて、抗議しなければならない。だが、どうしてもできない。触覚を担当するニューロン群の興奮を、私の大脳新皮質の別の部位はこう解釈していたからだ。

オトコハ、チカンデハナイ。

恐怖と混乱。そして、ガタンゴトン、ガタンゴトン♪実は、私には、そうした恐怖と混乱を助長するもうひとつの出来事が、その前夜にあったのだ。

■ 第三章 ■

というわけでで、手に毛の生えた男は痴漢なのかどうか。明らかに、男の手の動きは、電車の振動と同じリズムを刻んではいない。恐怖で高鳴る心臓の鼓動が、私に声を上げよとせかす。しかし、どうしてもできない。男は痴漢ではないと、もうひとりの自分が小声で囁くからだ。この動揺と逡巡をもたらしたもう一つの要因、それは前夜にあった。

このあまりにもできすぎた偶然性ゆえに、人に話してもまるで信じてもらえなかった。しかし、事実は小説よりも奇なりと云うではないか。どんなことが起こってもおかしくない時代である。あなたは信じてくれるだろうか。

その晩、私はTVでドラマを見ていた。けっこうHだったりする二時間サスペンスというやつだ。今となってはその細部まで記憶している術もないが、ざっとこんな物語だった。

かとうかずこ演じるOLが、通勤電車で痴漢に遭う。なにしろ、気の強いかとうである。自分の臀部に触れた男の手をガシッと掴み、「この人、痴漢です!」と大声を上げて、怒涛の勢いで男を警察に引っ張っていった。

「いえ、違います。私は痴漢なんかじゃありません」との弁明空しく引っ張られていくのが、あの蟹江敬三である。確かに、蟹江ならやりかねない。かとうならずとも、誰もがそう思う。しかし、話を急いで結論から言えば、蟹江は犯人ではなかったのだ。これを世間では「手違い」と云うが、状況はあまりに深刻だ。

いわゆる、冤罪!濡れ衣!無実の罪!

ただ、かとうにも同情すべき点はあった。女癖の悪い恋人を持ったせいで、すっかり男性不信に凝り固まっていたのだ。男がみなオオカミに見えたとしても不思議ではない。しかし、不憫なのは蟹江である。あんな顔をしていたおかげで、あろうことか痴漢にされてしまった。挙句の果てには、この一件のせいで会社を首になり、妻子に逃げられる。何もかも失ってしまう。

ところで、私は蟹江と同じ町に住んでいたことがある。同じ電車に乗り合わせたこともある。だから、かとうの気持ちが分らないでもない。あなたはこれを信じてくれるだろうか。

さて、それから、蟹江はどうしたか。痴漢と思われてしまう顔に罪はない。ただわが身の不運を嘆き暮らすのか?いや、そうではない。もう何も失うものを持たない蟹江は復讐の鬼と化し、かとうに執拗な嫌がらせを開始するのだ!それはまさしく身の毛もよだつような復讐劇!!

ガタンゴトン、ガタンゴトン♪ そう、私は前夜、そんな恐ろしいドラマを見てしまったのだ。そして、いま、私の対応いかんによっては、血も凍るようなスリルとサスペンスがわれとわが身に降りかかってくる可能性がある。そんな危機的状況に追い込まれてしまったのだ。

もし、この手に毛の生えた男を痴漢として突き出し、しかしやっぱり痴漢ではなかったとしたら、私は必ず復讐される。たっぷりとチョークを吸った黒板消しを玄関のドアに仕掛けられるだろう。私の鞄に重さ5キロはあろうかという石を入れられるだろう。私の座る椅子には画鋲がそっと置かれるだろう。いや、そんな小学生の悪戯程度で済むはずがない。ただ、それ以上は恐ろしくて想像だにできないのだ。

いったい、私はどうすればいいのか。

そして、手に毛の生えたその職工風の男は、どことなく蟹江に似ていたのだ。

■ 最終章 ■

というわけで、ガタンゴトン、ガタンゴトン♪ 手に毛の生えた、蟹江敬三似で、職工風の男は依然として私の股間をまさぐっていた。いや、まさぐっているようだった。

あの人は私を愛してる、あの人は私を愛してない、愛してる、愛してない・・・という花占いなら、心穏やかならずとも夢のあるひとときだろうが、こいつは痴漢である、こいつは痴漢でない、痴漢である、痴漢でない・・・という花占いには夢も希望もない。あるのは恐怖と混乱だけだ。判断不能で宙吊りにされた時間ばかりが流れる。

そう、それは恐怖以外のなにものでもなかった。たとえば、暴漢に襲われたり、泥棒に入られたりしながら、なぜか声を上げることができないと云う夢を見たことがある人は多いと思うが、そんな悪夢に瓜二つだった。喉が詰まってしまったかのように、声を発することができない。

しかし、ついに決定的とも云える電気信号が私の中枢神経に駆け上がってきた。男は私のズボンのジッパーを下ろそうとしている!かけがえのない私の操が、ミカちゃんに捧げようと思っていた操が、こともあろうに男に奪われようとしている!!

実は、このへんのところは殆んど記憶がない。それほど舞い上がっていたのだろう。顔は真っ赤になっていたに違いない。心臓は破裂しそうなほど、ドキドキしていたに違いない。ここで初めて、私は声を上げた。それは感情の暴発だった。もはや思考は停止していただろう。大雨で増水した川がついに堤防を決壊させるように、私はキレた。

「離れろ、この野郎!」

さすがに私も男である。立派に抗議した。男の中の男と云っていいだろう。

いや、正直に云おう。実は、このとき私はこう云ったのだ。

「離れろよ!・・・・・・・・・・少しは」

「少しは」である。この「少しは」という言葉に私の気の小ささが露呈した。いま思い出しても、このことが悔やまれてならない。痴漢をするような最低な男に「痴漢野郎!」「助平野郎!」「変態野郎!」と大声でありったけの罵詈雑言を浴びせることもできず、むしろ遠慮じみた一言を加えてしまった自分が情けなかった。ひとは危機的な状況でこそ真価が問われる。私は小心者だった。

ようやく着いた次の停車駅で、男は降りなかった。確かに、私の股間から手は離した。しかし、こちらが睨みつけているにもかかわらず、男は相変わらず顔色ひとつ変えず、ガムをクチャクチャやりながら窓の外を見ていた。私はただただ悔しかった。

もうひとつ、ある種の悲しみとともに思い出すのは、そのときのまわりの乗客の反応だ。私が声を上げたとき、人々は一斉にこちらに視線を向けた。しかし、それはただの条件反射だった。場違いな声の発生に反応した機械的な動作にすぎなかった。そこにたいした事件が起こってないと知ると、そこは満員電車であるにもかかわらず、まわりに生身の人間などまるで存在しないかのように、誰もが自分の世界に帰って行く。誰一人として、「何かあったんですか」「どうかしたんですか」と優しい声をかけてくれる者はいなかった。それが都会生活の流儀というものなのか。私はただ淋しかった。

ガタンゴトン、ガタンゴトン♪

ガタンゴトン、ガタンゴトン♪

・・・そして、男は、次の駅で降りた。

以上が、私が遭った痴漢の話だ。

あまり面白い話ではなかったかもしれない。男が男に痴漢されたという一点を除けば、ありふれた事件なのかもしれない。しかし痴漢とは、恐怖によって人間の尊厳を踏みにじる、きわめて卑劣な犯罪なのだ。私はそのことを身をもって体験し、理解した。

だから、私はそのときに固く心に誓ったのだ。

たとえ遊びであるにせよ、もうやめよう。いつか魔が差して、人の道を踏み外さないとも限らない。痴漢電車プレイができるフーゾクに行くのはもうよめようと。

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