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なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

【映画評】クリント・イーストウッドは無敵である。

向かうところ敵なし。その老境を知らない活躍ぶりに目を瞠る。「硫黄島」二部作は大ヒットを記録し、評判もいい。やはりクリント・イーストウッドは天下無敵なのか。

かつて、痛快娯楽活劇という言葉があった。主人公は正義の味方。激しい戦いの末に、善が栄えて悪が滅びるという物語だ。先頃、新作が公開された007シリーズなどにその名残りを留めていようか。観客は今も昔も快哉を叫ぶ。

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イーストウッドの映画に、そうした痛快さは感じられない。確かに多くの場合、主人公は銃を手に敵と戦う。だが全編に漂うのは、およそヒーローものに相応しくない、ひたすら鈍い痛みに耐えているかのような感覚だ。イーストウッドは無敵だが、屈折している。そうした色合いが濃いのが監督処女作「恐怖のメロディー」や「アウトロー」、「ペイルライダー」あたりだろう。自身が最も好きな西部劇としてフレッド・ジンネマン監督「真昼の決闘」を上げる監督らしいと云うべきか。

今回は、陽性に屈折した三作を取り上げる。

Firefox (1982年・米) 

監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、フレディ・ジョーンズ、ウォーレン・クラーク、デイヴィッド・ハフマン、ナイジェル・ホーソーン

映画「ファイヤーフォックス」は、物語が無敵である。

ソ連が開発した超高性能戦闘機ファイヤーフォックス。米空軍パイロットのイーストウッドが貿易商を装って単身ソ連に潜入し、現地の秘密工作員の力を借りてそれを盗み出す。話は荒唐無稽この上ない。しかも、主人公の身上書に書き込まれるのは優秀なパイロットだが、ベトナム後遺症持ちであるということだけだ。冒頭、ジョギングしている場面ではベトナムでの悪夢の光景が甦る。

前半は夜のソ連を舞台に冷戦スパイものとして展開する。科学者、KGB、変装・・・道具立ては万全とは云え、目新しい趣向もないままサスペンスを持続していくあたりはすでに巨匠の手並みだ。顔のアップだけで、自由のために犠牲になる老科学者夫婦の愛をあしらい、さらりと物語に厚味を加える手際もまた鮮やか。

その老科学者がいまわの際に目にするのが、基地の混乱に紛れてゆっくりと機に乗り込もうとするイーストウッドの姿だ(このカットが抜群)。映画はここから一転、戦争ものに調子を変える。と云うか、誰の目にも明らかなように、ずばり「スターウォーズ」なのだ。この転調の落差と、物語の主人公も裸足で逃げ出そう監督イーストウッドの剽窃ぶりに呆気にとられる。

ファイヤーフォックス2番機との狭い谷間での空中戦は、ジョン・ダイクストラの特撮で迫力満点に繰り広げられるのだが、俳優イーストウッドはこれしか演じようがないじゃないかと云わんばかりに、操縦席で正面を向いているだけだ。そして終幕、PTSDの発作に襲われながら2番機を撃墜すると「帰還する」と一言云って、猛スピードで画面の奥へ消えていく。まるで痛快さを恥じるかのような、その逃げ足の速さ。

語義矛盾を恐れずに云えば、堂々たる風格を持ったB級映画の大作。そんな不思議な面白さが味わえる傑作だ。

A Perfect World (1993年・米) 

監督:クリント・イーストウッド
出演:ケヴィン・コスナークリント・イーストウッドローラ・ダーン、T・J・ロウサー

1963年、テキサス。脱獄囚が8歳の少年を人質に取って逃亡した。署長自らの指揮で州警察が追跡する。

映画「パーフェクトワールド」は、演出が無敵である。

凶悪犯がK・コスナー。署長がイーストウッド、加えて犯罪心理学者のL・ダーン。誰もが追う者と追われる者との知略を尽くした攻防を期待する。だが、予想は外れる。警察側はさながら「ブロンコ・ビリー」の一行なのだ。追っていると思ったら、反対車線をすれ違う。おまけにトレーラーが外れて、林に突っ込むという体たらく。

俳優イーストウッドコメディリリーフの役目を引き受けつつ、監督イーストウッドが真剣な眼差しを向けるのは家族のありようについてだ。父親のいない厳格な家庭に育った引っ込み思案な少年と、悲惨な境遇に育った凶悪犯との間に芽生える親子愛のごとき心の交流をロードムーヴィ形式で情感豊かに描いてみせる。

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例えば、万引きした少年を諭す場面。男は云う。「盗みは悪いことだ。借りたことにしろ。ルールに例外は付き物だ」。家の宗教のために許されなかった少年のハロウィン詣での夢を叶えてやる場面は一日遅れの”Trick or treat”だが、後ろに控えた男の銃が威力を発揮する。

二人が黒人家族の世話になる件が、篇中の白眉だ。男が育ったという娼館のダンスホール風に古いレコードに合わせて和やかに踊っていると、ラジオのニュースが男の正体を告げた。一家の主が我が子を男の手から引き離そうと暴力を振るったとき、男の狂気に火が付く。「なぜ、子供を殴るんだ!」。ここから哀切きわまりない結末へと急転回する。「ごめんよ、ブッチ」「どこの誰とも知れぬ奴より、お前に撃たれてよかったよ」。この一連の場面の静から動への呼吸と緊迫感に息を呑む。コスナーの迫真の演技も申し分ない。

二人の旅は何の変哲もない原っぱで幕を閉じる。一篇の映画の幕切れには似つかわしくない、まるでロケハンに手を抜いたかのような場所で、男はキャスパーのお面を横にして息絶え、少年は太陽を背にしたヘリコプターに乗せられて去ってゆく。別離のラストシーンを「パーフェクトワールド(完璧な世界)」として反語的に演出してみせるとは、その成否は問わないにせよ、「許されざる者」でオスカーに輝いた無敵の監督にだけできる芸当と云うものだろう。

The Gauntlet (1977年・米)  

監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ソンドラ・ロック、パット・ヒングル、ウィリアム・プリンス

開巻、フェニックスの夜明けの空撮にアート・ペッパーのジャズが響く。しがない中年刑事のイーストウッドが酒とポーカーの徹夜明けのまま現れる。今朝は新署長が着任する。同僚刑事が無精髭をたしなめる。勿論ファンたるもの、この場面から、イーストウッドが映画界の桧舞台に躍り出ることになったマカロニ・ウエスタン「荒野の用心棒」での髭面のガンマンを連想しなければならない。イーストウッドは新署長からある裁判の証人の護送を命じられる。

映画「ガントレット」は、まさしくイーストウッドが無敵へと至る過程を描いた作品である。

ラスベガスから娼婦のS・ロックを護送するために立ち寄った一軒家で、二人はなぜか警察に包囲され一斉射撃を受ける。「俺たちに明日はない」のように蜂の巣にされた家は丸ごと崩れ落ちる。すべてはマフィアとの関係を暴露されることを恐れた新署長の陰謀だった。

ガントレットとは、鞭を構えて二列に並んだ人間たちの間を罪人に歩かせる西部開拓時代の刑罰だと云う(参照)が、この残酷な仕打ちにひたすら耐える姿こそ最もイーストウッド的な身振りだろう。権力に利用された刑事と社会の底辺に生きる娼婦が、こちらからは殆ど反撃することなく手を携えて正面突破を図る。

暴走族から奪ったバイクを「イージーライダー」さながら駆って、獰猛な未知の生物のように襲ってくるヘリコプターから逃れる場面の圧倒的な迫力に手に汗握る。飛び乗った貨車でその暴走族に出くわしてしまう窮地では、文字通り体を張るロックによって救われる。そして、ガントレットが実際に演じられる有名なクライマックス。

フェニックスの町に着いたイーストウッドは、「真夜中のカーボーイ」のバスを鋼鉄の板で装甲車に変える。蓮實重彦が指摘した「荒野の用心棒」のあの鉄板だ。署長の命を帯びて沿道に並んだ警官が一斉に発砲する。使用された弾丸は4万5千発だと云う。銃弾の雨に耐えながら、バスはゆっくり、かつ毅然と前進していく。

バスから降りた二人に、もはや誰も手出しはできない。茫然自失する警官隊の中から、銃を取って飛び出した署長を最後に仕留めたのはロックだった。気絶して倒れたイーストウッドを罵る。「私一人残して死ぬ気?意気地なし!」。目を開けたイーストウッドが云う。「やかましいな」

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俺たちに明日はない」「イージーライダー」「真夜中のカーボーイ」・・・アメリカン・ニューシネマの主人公たちは、みな時代の混迷に歩調を合わせるかのように死んでいった。映画の側にとどまり生き残ったのは、イーストウッドただ一人。無敵たる所以である。