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なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

美しき父と子の絆

日記

■ 第一章 ■

親父が、走っていた。

最近、1万4千円でルームランナー(自走式)を購入したのだ。

74歳、糖尿病を患っている。
運動療法は、治療の基本だ。
患者としての真摯な姿勢と取り組みには、頭が下がる。

文字通り、非の打ち所がないと言っていい。

ところで、ものごとをするに当たって、常に「形」を重視する人である。
だからであろう、傍らに、ラジカセがセットされていた。

さすがはわが父親だ。
アップテンポな曲をかければ、足取りは軽く、気分も爽快に走れるというものだ。
やや古いが、映画「ロッキー」のテーマ曲ならば、申し分ない。

しかし、SONYの高級ラジカセ・CFM-10から流れていたのは、
綾小路きみまろの漫談だった。

・・・・・

今日も親父は、綾小路きみまろ(カセット)を聞きながら。

走る、走る、走る・・・・・

 

■ 第二章 ■

親父が、走っている・・・・・はずだった。

最近、1万4千円でルームランナー(自走式)を購入したのだ。

74歳、糖尿病を患っている。
運動療法は、治療の基本だ。
患者としての真摯な姿勢と取り組みには、頭が下がる。

文字通り、非の打ち所がないと言っていい。

ところが、ここ数日、走っていないようなのである。

糖尿病が完治したわけではない。
ていうか、完治しない病気である。
それなのに、もう挫折してしまったのか、絶望してしまったのか・・・・・

いや、違うだろう。

何しろ、ものごとをするに当たって、常に「形」を重視する人である。
いまは日本全国、お盆の季節である。
心静かに、先祖の霊を供養する期間である。

まさか、そんなときに、SONYの高級ラジカセ・CFM-10で、
綾小路きみまろの漫談を聞きながら、どたばたと走るわけにもいかない。

縁起でもない。

さすがはわが父親だ。
慰霊の日をてんやわんやの大騒ぎの日にしてしまった、どこぞの国の首相とは、
人間の出来が違う。

というわけで、お盆が明けたら。
親父は、綾小路きみまろ(カセット)を聞きながら。

走る、走る、走る・・・・・多分。

 

■ 第三章 ■

お盆の間、親父は走らなかった。

当然だ。
お盆はお盆としてすべきことがある。
だから、それはむしろ誇らしい。

しかし、明けないお盆はないと言う。
親父は再び、走るものだと思っていた。

ところが・・・・・走らなかった。

歳月は、情け容赦なく過ぎていく。
依然として走らない。
1万5千円弱の自走式ルームランナーは、無残にも物干しと化していた。

親父は何故、走るのをやめたのか。
ただの三日坊主か。それとも、またしても、人生に絶望したのか。

親父は、重い口を開いた。
「いや、違う。ふくらはぎを故障したのだ」

そうだったのだ。
不慮の事故だったのだ。
自走式ルームランナーは、74歳の体には負担が大きかったという。

無念だ。
もはや、走ることはできないのか。
走らない親父、走れない親父・・・・・。
果たして、戦後の高度経済成長を担い今日の日本を築いたと言っていい親父が走らなくなっていいものか。

しかし、親父は不死鳥の如く甦った。

走ることはできない、ならば歩けばいいではないか。
誰もが思いもよらなかったこの大胆な発想の転換から、新しい機械を導入したのだ。
その名も、田中式ストレッチングステッパー。

「階段登り」の足踏みウォーキングと、「坂道歩き」のストレッチ運動。
この両方を一台で同時にこなせる、すぐれものの運動器具だ。
こいつなら安心だ。故障の心配も軽減される。

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こいつを使って、親父は歩く。

最近、親戚が次々に倒れた。
二人のおじが癌で、おばが一人、脳溢血で倒れた。
年を重ねれば、情け容赦なく病魔は襲ってくる。

しかし、やすやすとかぶとを脱ぐわけにはいかない。

走れれば、走る。走れなければ、歩く。それが人生の生き方というものだ。

ところで、自走式ルームランナーの運命はどうなるのか。

「お前にやるから、お前が走れ」
「・・・・・」

安倍晋三氏が、日本の首相になった。
「総理の椅子にもっとも近かった政治家」と言われながら、志半ばにして倒れた父。
その父親の夢を、息子がかなえた。

そして、そう、次は俺の番なのだ。
親父の後を継いで、俺が走らなければならない。

もちろん、綾小路きみまろを聞きながら。

俺は、走る、走る、走る・・・・・

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