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なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

古田敦也とのしばしのお別れ

日記

「18年間ありがとう!」

球場の正面に、そんな文字を記した大きな垂れ幕が掛かっていた。やはり、本当に辞めるのか。半信半疑の思いはまだ晴れていない。古田敦也メモリアルPart2と銘打たれた6日の中日戦。久しぶりに神宮球場に行った。

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18年間ありがとう!! 古田敦也 27

チケットを買って、球場の周りを歩く。横断幕へのメッセージを受け付ける場所や、記念のグッズを売る小屋の前には黒山の人だかりができていた。古田は1試合4本塁打のボールも、2千本安打のボールもファンに惜しげなく与えた男だった。男の中の男は記念の品など持たない。俺もそのひそみにならう。グラウンド上での雄姿を目に焼き付ければ、それで十分だ。この日のために(と言っておく)新調した眼鏡のレンズをいま一度磨いて、場内に入る。

すでにクライマックス・シリーズの進出を決めているのだから練習試合のようなものなのに、中日ファンが左翼席を埋め尽くしたのには驚いた。もちろん、スワローズ・ファンが陣取る右翼席から一塁側スタンドはほぼ満員だ。入場者数27203人。ヤクルト・スワローズの一選手にして一監督の引退に、それも正式な引退試合は明日だというのに、これほど多くの観客が駆けつけたということに隔世の感を禁じえなかった。

かつて、スワローズを応援するというのは恥ずかしいことだった。万年Bクラスの弱小球団。華のある選手もいない。子供心にもスワローズ・ファンであることを広言するのは憚られた。バレたら必ず聞かれる。しかも、珍しい生き物でも見るような好奇の眼差しでだ。「ヤクルトが好き?なぜ?」。恋に理由などあるか。愛は盲目だ。だが、権力を前にそんな道理は通用しない。それが、あまりにも長く続いた、プロ野球と言えば巨人という時代だった。

スコアボードのモニターに、巨人だけではなくプロ野球全体が全国に浸透することを誰よりも願った男の数々のプレーが映し出された後、試合が始まった。一塁側の内野指定席での観戦だから、投手の球速がよく分かる。今季13勝を上げている中日の先発・中田と比べて、明らかにヤクルトの松井は球に力がない。初回に3点を奪われる。打線も中田を攻略できないまま、6回、二番手の花田が中村紀に満塁弾を浴びる。試合の行方は呆気なく決まった。

思えば、監督の辞任会見からも色々なことがあった。巨人に目の前で胴上げを見せられた。負けることの悔しさはいや増しただろう。やはり26年ぶりにBクラスに落ちて身を引くことになった西武の伊東監督は言った。「弱者はただ去るのみ」。だが、古田の去り方は一通りではない。高校生ドラフトで、MAX157キロの超高校級右腕・佐藤由規を5球団の競合ながら引き当てた。相変わらずのことだが、何と言う勝負強さなのか。昨年、2球団の重複を制して獲得した増渕もプロ初勝利を上げた。スワローズ・ファンにとって、これほど夢の膨らむ置き土産もあるまい。

7回、球場が大歓声に包まれた。「代打、オレ」。生で見るのはこれが初めてだ、と言うか、最初で最後だ。古田は中日の二番手・小笠原から遊撃手の右を抜けるライナーを弾き返した。試合の雌雄は決していたから、中日投手陣は手を抜いたのか。最近は引退する名選手に花を持たせる傾向がある。どんな相手であれ最後まで真剣勝負に徹するのがプロとしての筋だとは思うが、この期に及んで野暮は言わない。先発マスクを被った翌日の引退試合では快音を響かせることができなかったのだから、古田のヒットを見られた俺も案外、勝負強いのかもしれない。

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2095安打を放って一塁ベース上の古田監督のセクシーな後姿

ところで、俺はなぜ肝心の引退試合を見に行かなかったのか。もちろん古田の引退を認めたくなかったからだ。実は、すべてを白紙に戻すべく署名運動を展開し、ファンに球場に足を運ばないよう呼びかけるつもりだった。盛大な引退試合になるはずが、観客席には閑古鳥が鳴いている。そんな状況になれば、さしもの古田も心変わりするのではないかと思った・・・というのは真っ赤な嘘で、本当はチケットを取り損なった。まさか前売りがあんなに早く完売するとは思わなかった(しかも、ブログに古田の記事を書いている最中に売り切れた)。当日券が発売されないとは露思わなかった。古田人気は俺の想像を超えていた。とまれ、そんな情けない失策で古田の引退試合を見られなかったとは、筋金入りのスワローズ・ファンを自認する者としては口が裂けても言えない。

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捕手マスクをかぶった古田監督。遠くて分からない?ならば・・・

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2096安打を打つ前の貴重な素振り映像、デジタルズーム目一杯

8回からはマスクを被った。入団時、「捕手としての線の細さを危惧したもののボールの扱いと股関節の柔らかさは群を抜いていた」(野村監督)という古田の一挙一動を脳裏に刻む。9回の打席では、再び古田らしい低いライナー性の当りで左前安打を放った。そして青木の内野安打に相手のエラーが続いて、古田は一気にホームインする。試合は8-1の完敗だったが、それでもこの最後の場面に、試合中ずっと騒いでいた隣席の若い男はなぜか放心したように呟いた。「古田、帰ってきたよ・・・」

翌日の引退式で、古田は「ミスター・ジャイアンツ」長嶋茂雄のように球団は「永久に不滅」だとも、あるいは原辰徳のように「自分の夢には続きがある」とも言わなかった。声を詰まらせながら、ファンやチームメートへの感謝を口にしただけだった。そして、挨拶の最後をこう締めくくった。「また会いましょう」

全国の古田ファンと同じく、俺もさよならは言わない。3年後か、5年後か、10年先か、その日が来ることを信じて、こう言うだけだ。

「また会おう、ミスター・スワローズ。いや、ミスター・プロ野球!」