なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

日本語ブームに寄せて

日本語ブームだという。テレビでも、日本語を扱ったクイズ番組が人気を集めている。

結構な話だ。ホモ・ロクエンスたる者、せめて自国語ぐらいはしっかりと使いこなしたい。とはいえ、燈台下暗し。身近にあるものほど、かえってぼんやりしていたりする。

例えば、これ。弘法も筆の誤りとはいう。でも、こんな誤りは犯したくない。筆者は今もこの世をさまよっているのではないか。とてもじゃないが成仏できない。

だが、こうした心得違いは誰の身にも起こりうる。パソコンばかりにうつつを抜かし、筆を持たなくなった時代なだけになおさらだ。基本に戻って日本語の読み書きくらいは真面目にやっておきたい。

という訳で、深夜に放送されているクイズ番組を見た。季節の話題として、年賀状の書き方を取り上げていた。果たして、知らないことが色々あった。

たとえば、上司への年賀状に「迎春」の文字は使うべきではないという。自分のほうが偉そうになってしまうからだ。だから「謹む」の字が入った「謹賀新年」のほうがいいのだそうだ。実に、日本語というのはややこしい。いったい誰のせいなのか、まったく人の気も知らないで。

「新年あけましておめでとう」も落第である。恥ずかしながら、子供の頃に出した年賀状に書いた覚えがある。いわゆる「馬から落馬した」式の誤りだ。年があけたから新年になったのに、またあけたら一足飛びに来年だ。光陰矢のごとしにも程がある。

それから、日本ならではの正月のおせち料理のいわれも紹介されていた。すなわち、腰が曲がるまで長生きできますようにと海老をほおばり(海の老人だから海老)、将来の見通しが良くなりますようにとレンコンをかじり、まめに働きましょうと黒豆を口に入れて・・・って、日本人は正月早々、ダジャレ大会か! まいう~♪の石ちゃんじゃあるまいしと思わないでもないが、実は、言語の本質がダジャレにあるのは皆さんご承知の通りだ。

創世記によると、神は最初に光あれと言った。そしたら光があった云々・・・これこそダジャレではないか。なに、分からぬ?一席講釈したってもいいが、面倒くさいのでやらない。向こうの神様はどうか知らないが、こちらの仏様は、知らぬが仏とも言うではないか。

そう、余計なことは知らないほうがいい場合がある。それは日本語においても例外ではない。

繁華街でスナックをやっている叔母がいる。開店してほどなく、あちらの筋らしい人が現れたという。「よーよー、ママさんよ、うちの島で勝手に店出しておいて、挨拶のひとつもないって法はないんじゃないのかい」。こんなことを抜かしながら、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。

うちのシマ?ホウ?・・・専業主婦一筋でやってきた叔母には何のことか分からない。まだ三下奴と思しき若い男は店内を見回し、こうも言った。「うなぎの寝床みたいな、ちんけな店だぜ」。悲しいかな、この言葉は当たっている。誰がどう見てもカウンターにテーブルひとつのちんけな店なのだ。しかし人間、正直の美徳も時と場合による。あろうことか、三下はこう続けてしまった。

「まあ、こんな店でも俺たちの助けが必要になる時もあるだろうから、一応、みかじめ料は納めてもらおうか」

ミカジメ料?・・・堅気の世界に生きてきた叔母とはいえ、何やらあらぬ方面から不当な因縁、不当な要求を突きつけられていることに気がついた。そして、怖いもの知らずだ、ぶち切れた!

「めかじき?うなぎ?あんたからそんな魚を買った覚えはないんだよ!とっとと帰りやがれ、このめだか野郎!」

めだかもトトのうちゆえ、めだか野郎!とはなかなか気の利いた言い回しだと感心したが、とにかく叔母はもの凄い剣幕でまくし立てた。見かけばかりで実は伴わなかったのだろう。若造は思いがけない庶民の逆襲に恐れおののき、ほーほーの体で退散したという。羊頭狗肉。いまどき珍しくはない。だが、いささか同情の念を禁じえないでもない。なにしろ若くに結婚してから素人の仮面を被っていたとはいえ、その実体は・・・いや、言わぬが花だろう。なにしろこの記事だって見つかったら、こっちが半殺しにされかねない。

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しかし、みかじめ料という専門用語を知らなかったのは事実だという。そりゃそうだろう。知らなかったからこそ切れた啖呵に違いない。無知そのものが功を奏し、知らぬが仏が窮地を救ったのだ。世の中、何がどう転ぶか分かったものではない。ちなみに、その三下は叔母の男らしさに惚れ、それ以来、店の用心棒を無給で務めているという話だ。「何かあったら駆けつけますぜ、姐さん!」

日本語ブームなどにかまけることなく無知を通すことで、叔母は姐さんに昇格した。今じゃや界隈のちょっとした顔役だ。人間、万事塞翁が馬・・・。それにしても、この文章は俚諺の使い方がちょっと怪しい感じがするって?そう、博識なあなたは正しいかもしれない。だが、生き残っていけるかどうかは分からない。