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なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

たけしも五郎もフミヤも、松山千春に敗れた夜

日記

日曜日、地元の悪友とカキ鍋を突つきながら飲む。40面下げた男が計4人。相変わらず、色気のいの字もない荒涼とした飲み会だ。

毎度のことだ。別に不満はない。適当に盛り上がり、さて2軒目はどうしようかという話になる。例によって、若干1名が「キャバクラに連れて行け~!」と金もないのに、ほざく。東京に属するとはいえ、西のはずれ、かわいい娘のいる小洒落た店などそんなにない。電車に乗って隣駅の繁華街に行く元気もとうに失せた。駄々をこねるキャバ男の首を絞めて黙らせる。近所の、ていうか同じビル内のカラオケボックスに入る。

部屋に入って、見慣れないリモコンを発見した。どうやらカラオケ採点用のリモコンのようだ。何度も来ている店だが、こんなの今まであったっけ?部屋によって、あるところとないところがあるのか。それとも、たいていヘベレケ状態で来てるから、気がつかなかったのか、あるいは気がついても使い方が分からないと放ってしまったのか。

点数が出るカラオケは久しぶりだ。俄然、やる気になる。帰りのラーメン代を賭けて歌合戦をしよう。一番点数を出せなかった奴が、全員にラーメンをおごる。そういう展開になる。それよか、次に行くキャバクラ代にしよう。キャバ男が自分の歌の力量も考えずにまたほざく。高校生のガキまでいるいい大人なのに、必死である。無論また、死なない程度に首を絞めて黙らせる。

トップバッターとして、俺がマイクを握る。もう古い歌だが、最近、気に入っているビートたけしの「浅草キッド」を歌う。ところが、気分よく一番を歌い終わったあたりでいきなり、カ~ン!鐘がひとつなったと思ったら伴奏も終わってしまった。部屋中、大爆笑。何だよ、NHKのど自慢大会かよ。今どきのカラオケ採点は芸が細かい。こんなのもあるのか。

しかし、てめえら、笑ってる場合か。この俺が一番で終わりなら、てめえらなんかマイク握っただけでカ~ンだろ。案の定、次に歌ったバイ男(そんな必要ないはずなのにバイアグラを飲んで、しかも必要以上に飲んで気持ち悪くなり、それどころじゃなくなったことがあるという果てしない馬鹿です)も、一番の歌詞が終わるか終わらないかのところで鐘。これでは消化不良、気持ちよく歌えない。紅組は相変わらずどこにもいないが、ちゃんと最後まで歌えて採点もしてくれるらしい紅白歌合戦モードに変えて、いざ勝負再開。

自慢じゃないが、こう見えても俺は歌がうまい。ビジュアル系ロックバンドが隆盛の頃、ボーカルとして入ってくれないかと、アマチュアバンドのリーダーから声をかけられたこともある。そんな俺様だから、ちょっと聞かせてやろうと、張り切ってセーターの袖をたくし上げた。最近のカラオケ採点機は性能もよくなって、若干歌い出しを遅らせるタメやビブラートもきちんと評価してくれる。そんな話も小耳に挟んでいたので、伸びのびと歌ってみた。ところが、どうしたことか点数が全然上がらない。十八番の「I LOVE YOU」(尾崎豊)も「ワインレッドの心」(玉置浩二)も「夜空ノムコウ」(SMAP)も、千点満点で600点台の後半までしか出ない。ならば、小細工を弄せず素直に教科書通りに歌ったらどうかと方向転換するも、結果は変わらない。

おかしい、こんなはずはない。このままでは、子供の頃は地元町内会で野口五郎二世、高校時代は沢田研二の再来と謳われた俺の立つ瀬がない。500点台しか出せない後の三人との勝負はもはや眼中にない。一曲歌うたびに、画面には723点という数字と何某という名前が現れる。今日、客の誰かが出した最高点なのか、それともこれまでに客の誰かが出した最高点なのかは知らず、とにかくこいつにだけは負けたくない。何だか分からないが、妙にムキになった。それはまさしく、カラオケ機械と俺との一対一の壮絶な死闘だった。いったい何曲歌ったのか、時間延長は二度もした。しかし結局、俺が出すことのできた得点は藤井フミヤ「TRUE LOVE」での703点だった。

どれほどの時間が経ったのか、絶望と疲労感に打ちひしがれていた俺の耳に突然、歓声が飛び込んできた。顔を上げて画面を見ると712点という数字。松山千春の、果てしない大空と~♪の曲で、果てしない大馬鹿のバイ男が4人の内での最高得点を叩き出していた。500点台の前半をうろうろ、そんな低い点数をひたすらマイクのせいにしていた奴なのに、モニターの上に一万円を置いて歌ったら、あら不思議、高得点が出たのだ。嘘みたいな話だがホントである。カラオケ機械にも鼻薬が効くのか・・・県知事の汚職は当たり前、これが今の世の中だ。驚くに当たらないか。

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汚い手で勝ったバイ男くんの後日の雄姿

結局、しめのラーメン代を持つ羽目になったのはキャバ男である。心優しき俺は、半人前の尾道ラーメンを頼む。ラーメン自体は美味かったが、心に残る苦い後味は消えなかった。翌朝、二日酔いでガンガンする頭のまま目覚めると、ベッドの下には黒と紺の色違いの靴下が脱ぎ捨ててあった。はなから寝ぼけたような格好で歌っていたわけか。

そういや、「浅草キッド」の歌詞はこんなんだった。

同じ背広を 初めて買って
同じ形の 蝶タイ作り
同じ靴まで 買う金はなく
いつも 笑いのネタにした
いつか売れると 信じてた
客が二人の 演芸場で

いつか売れると信じてた。でも、売れなかった。負けっぱなしの人生だった。だから、せめてカラオケぐらい勝ちたい。心の片隅に、そんな思いがあるのか。泣けてくる。もう、客が二人の演芸場でもいい。だけど、その二人が最高点をつけてくれるような歌を歌いたい、これからは。そんな風にささやかな捲土重来を誓って、買った覚えのない液キャベ・コーワAを一気に飲み干したってわけさ。

 

※この記事をよりよく理解するための参考資料

https://www.youtube.com/watch?v=HRiR4V_URnU
https://www.youtube.com/watch?v=1O_ruO6CMi8

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