読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

Dice-K Matsuzakaと言うおのこ

午前3時。眠い目をこすりながら、テレビのスイッチを入れる。ミズーリ州カンザスシティ、カウフマン・スタジアムが映し出される。そのマウンドに、いつもと変わらぬ表情の松坂大輔が立っている。

異国の猛者どもに舐められないようにとの配慮からか、少し髭を蓄えている。それでも、笑顔の似合うモンチッチ顔の面影はそのままだ。

注目の初球は直球、150キロを記録した。だが、制球がやや甘い。一死一二塁のピンチを招く。しかし、内角高目の速球で四番打者を投ゴロ併殺に打ち取った。不思議なもので、好投手の投じた逆ダマは絶妙なコースに行く。

試合開始時の気温は2.2度。軽く握った右手に何度も息を吹きかけていた。日本ではあまり経験したことのないコンディションだろう。この日の一番の敵は寒さだ。そう思い定めて、配球は変化球を中心にし、コントロールに細心の注意を払っているかのようだった。それは精神的な昂ぶりを全く感じさせない、憎らしいほど冷静なマウンド捌きだった。

2回以降は、投げれば投げるほどエンジンがかかる松坂らしいリズムと調子を取り戻していく。直球も徐々に多くなる。中軸を三者三振に仕留めた4回の投球は圧巻だった。

今井雄太郎、新浦寿夫、河埜和正・・・昔のプロ野球界には、緊張や重責から本来の実力をなかなか発揮できない選手が数多くいた。最近はそういう話をあまり聞かない。大舞台にも動じないというのは、今どきの若者の特長なのか。そして1億ドルという重圧を背負って投げるこの右腕も、周囲の期待や騒ぎをよそに野球のみに集中する。一球一球に神経を研ぎ澄ます。1億ドルなど、彼にとってはただの紙切れの束に過ぎないのかもしれない。

投球回7、被安打6、奪三振10、与四球1、失点1。チームも勝った。文句のつけようのない堂々たるデビューだ。奪三振10もさることながら、与四球1にこそ松坂の並外れた精神力が表れていよう。

f:id:ken_low:20170105155131j:plain

1934年、ベーブ・ルース率いるメジャーリーグ選抜チームを招聘した正力松太郎は「米国野球に追いつけ、追い越せ」との遺訓を残した。その言葉から、日本のプロ野球は始まった。それから半世紀以上を経た95年、不可能に思えたメジャーの夢を野茂英雄が切り開き、トルネード投法で旋風を巻き起こした。そして今、「メジャーは夢ではない。現実的な目標の一つだ」と言い放つ日本人投手が、ベースボールの母国で喝采を浴びる。痛快ではないか。

小走りでベンチからマウンドに向かう際、決まってファールラインをひょいと飛び越える。
そんな軽やかな足取りで、松坂大輔はDice-K Mastzakaになった。