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なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

アイスは1個だけにしてくれ!

日記

煙草を逆さまに咥えて火をつける。昔は絶対そんなことはしなかった。40の声を聞いたあたりだったか。多分、そのへんが兆候だったのだろう。以来、何度も繰り返す。今や1箱400円以上だ。経済的な痛手は大きい。

次に驚いたのは、オリンピックだった。シドニーだったか、アテネだったか、テレビで五輪開会式を見ていた時のことだ。出場選手が数名というアフリカの小国の入場行進を眺めていたら、なぜか涙が出てきた。えっ、何で?平和の尊さが身に染みたのか、鬼の目にも涙ってやつか。年を取ると、涙腺が緩むという。そんな古典的な現象が、人でなし!と呼ばれもしたこの身に起こるとは。

一度、ダムが決壊すると止めどない。三面記事の悲惨な事件を読んでいるだけで、朝っぱらからウルウルしたりする。いったいどうしちまったんだよ、俺!ただの新聞記事だぞ。

感じやすくなったのか。昔なら鼻で笑っていたはずの映画にも胸を打たれる。どんな凡作を見ても結構感動してしまったりする。確かに、若い頃のようなヘンな突っ張りはなくなった。でも年を取ると、感性は鈍くなるはずではないのか。

カラオケで「ハナミズキ」を熱唱している時に、泣き出した自分にも驚いた。お前はレコード大賞を取った松田聖子か!と冷やかされても、悲しいものは悲しい。箸が転がっても泣くかもしれない。もはや制御不能。

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そして、しっかりと始まったのが物忘れだ。

「今からコンビニに行くけど、何かいるモノはある?」
「食パンがないから買ってきて」

お安い御用。手の平で鼻をすすり上げながら、合点承知の助!と言わんばかりに颯爽と玄関から飛び出そうとしたら、背後から声が追いかけてきた。

「それから、アイスもお願い。あずきのを2個」

アイス?しかも2つ?一気に食べるのか?相変わらず食い意地が張っていると思いながら、若さと健康を維持するため600メートル以上ある店まで徒歩で行く。

ところが、店に着くと、あずきのアイスがない。いや、あずきの入った宇治金時ならある。これでいいのか。嫌いじゃないはずだから、バニラやチョコにするか。ただ、激しく食べたいのはあずきのようだ。その目的を完全には達せられないにせよ、少しでもその不満を解消するために、やはり1個は宇治金時にすべきか。などと思案したあげく、結論として宇治金時とチョコを選んで、再び600メートルを歩いて帰る。

「あずきがなかったから、宇治金時とチョコを買ってきた」
「それでいいけど、肝心の食パンは?」

・・・・・忘れた。

「後から、アイスを2個、買って来いとか、余計なことを言うからいけないんだよ!」

すっかり忘れておいて、この言い草だ。これを、正しく「逆切れ」と言う。己のうっかりを棚に上げて、相手を責める。最近、この手の失敗が非常に多くなった。昔は滅多にしなかった。今では、テレビ映画の録画を忘れるなどはしょっちゅうだ。映画好きだから、これまでそんなことはほとんどなかった。細かい所まで神経の行き届く性格でもあった。それが人から嫌われるところでもあったのに。

と、そんなことを考えながら、食パンを買いに再びコンビニに向かう。さすがにそこまでの体力と気力はないので、今度はチャリンコにまたがる。そういえば、先日は最後まで爆笑問題の片方の名前が出てこなかった。しかも、どちらかと言えば影の薄い田中裕二の名前は覚えているのに・・・というのだから妙な話だ。年を取ると、これほど脳味噌の中身が変わるものなのか。ちょっと早いような気もするが、これからはこうした現実をしっかりと受け止めて対処していかなくちゃいけない。

と、まあ、そんなことを考えながら、いざ本日二度目のコンビニに着いて、

「あれ、俺は何を買いにまた来たんだっけ?」

・・・・・と、末期症状を呈する日もそう遠くないような気がするから。