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なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

エースは帽子のひさしを気にしていた

早稲田実業のエースがこの日投じた118球目は144キロの外角直球だった。駒苫の強打者にして最大のライバル投手のバットは空を切った。

決勝再試合の末、早実が悲願の初優勝。駒大苫小牧の3連覇はならなかった。

前日、駒苫田中将大投手と繰り広げた、一瞬の隙も許されない緊迫の投手戦。延長15回178球を投げ抜き、1対1の引き分け。それは誰もが認めるだろう甲子園史上に残る死闘だった。しかし、試合後のインタビューで彼は言う。「再試合もありうると思って投げていた」。ならば4連投になる。それでも、なおも戦う準備と覚悟を持っていたのか。早実斎藤佑樹投手に、ただ度肝を抜かれた。

37年前の大会で決勝引き分け再試合を経験した松山商の井上明氏(現・朝日新聞記者)が書いていた。「200球以上を投げた疲れは宿舎に引き揚げてから出た。食事はのどを通らず、夜も眠れなかった。朝起きると、肩はもちろん全身にきりきりと痛みが走った」。やはり剛速球で甲子園を沸かせた怪物・江川卓氏も言っていた。「もはや好投は望めない。打ち合いで雌雄を決することになるだろう」

エースで4番が大車輪の活躍をしてチームを優勝に導く。それは一昔前の甲子園の光景だろう。エース級の投手を二人以上擁して継投で勝ち抜く。高校野球も今ではそれが常識的な戦い方になっている。

ところが、そんな周囲の不安をよそに、彼は時折ポケットに忍ばせたハンカチで額の汗を拭いながら、涼しい顔のまま一人でマウンドを守り、7試合948球!を投げ切った。例によって、死球も辞さずの姿勢で内角を突き、その後に切れのいいスライダーを外角低目に決める。ここぞという要所で投じる快速球、そしてマウンド捌き。球威も前の試合とほとんど変わらない。奪三振13もさることながら四死球ゼロという制球力に痺れた。

さすがに最終回は脳裏に深紅の優勝旗がちらついたのか、球が上ずって2ランを浴び一点差に詰め寄られる。王者・駒苫の真骨頂である粘りに遭う。しかし、早実ナインはマウンドに集まり一呼吸を置く。自分をすぐに取り戻したエースは、帽子のひさしの曲がり具合を気にしながら、この後の三人をぴしゃりと抑える。大胆にして沈着。高校生らしからぬこの精神的な強さにも、ただ目を瞠った。

甘いマスクで、体も屈強な感じはしない。記憶に新しい松坂、寺原、辻内などとはタイプは異なる。強いて挙げるとすれば、PL学園の桑田を連想させる鉄腕らしからぬ鉄腕。最近の体調管理やケア技術の進歩が背景にあるのだろうが、この限界を知らない体力の凄さは一体何なのか。夏の暑さにからきし弱い身としては、炎天下で野球をすること自体が拷問のように思われたりもするのだから、ただもう唖然とした。そして、これが今後の投手生命に響かないことを願う。

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甲子園が見せた、時に常識を超える人間の計り知れない可能性。斎藤投手はふだん何を食べているのか。誰だって興味を抱こう。テレビの情報番組で分かった。それは、東京で一緒に暮らす三歳上の大学生の兄が作るごく普通の手料理だという。