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なべて余はこともなし

昨夜、私は4キロ半のマシュマロを食べる夢を見たのだが、目を覚ましたら、枕がなかった。(トミー・クーパー)

逃走論

日記

「サセ、サセ、サセー!」

むくつけき男たちが、まるで殺人を煽るかのような叫び声を上げる。事情も分からずにその場に紛れ込んだ人は、きっと肝を冷やすに違いない。実は、競馬場の正面スタンドや馬券売り場のモニター前でよくある光景。

「差す」とは、後方の馬が最後の直線で前の馬を追い越すことを表す競馬用語。なるほど、後方から直線一気の追い込み馬や差し馬の迫力は捨てがたい。

でもなぜか、得も云われぬ魅力を感じるのは逃げ馬のほうだ。ツインターボメジロパーマーミホノブルボンセイウンスカイ、そして、今や伝説のサイレンススズカ

後続馬に影さえ踏ませず、まんまと逃げ勝ったときの胸をすくような痛快さ。かと思えば、第四コーナーで呆気なく馬群に飲み込まれてしまうもろさ。逃げ馬一流の特徴だ。

逃げ馬は野生では生きていけないと、聞いたことがある。群れからひとり飛び出してしまうわけだから、集団で狩りをする捕食動物の格好の標的になってしまう。

そんな強さと弱さの同居に、人生の含みを読み取ってしまうのか。

逃げると云えば、脱獄映画にも傑作が多い。ロベール・ブレッソン監督の「抵抗」、ジャック・ベッケルの「穴」、クリント・イーストウッドの「アルカトラズからの脱出」等々。やはり、男のロマンをかきたてるものがあるのか。ちなみに、脱獄はもちろんのこと、恋の逃避行もしたことがない。残念。

そういえば子供の頃、トラックの運転席で昼寝していたおっさんの足元に、火のついた花火だったか爆竹だったかを投げ込んで一目散に逃げたことはある。あのとき捕まっていたら、いまの立派な私はないかもしれない。逃げ足の速さほど、大切なものはないかもしれない。飲む、打つ、逃げる。ヤバイときは、それに如くはない。

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さて、明日は有馬記念である。ならば、逃げるタップダンスシチーか。果たして、逃げ切れるか。近代競馬ではいよいよ見られなくなった逃げ馬の爽快な逃げっぷりを、久しぶりに見てみたい。

それにしても、なぜ、逃げ馬に惹かれるのか?それは、私たちが決して逃げることのできない場所に存在するからなのではないか。

人生。

誰が云ったか、「人生から、生きて逃げおおせたものはただの一人もいない」

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